チ。―地球の運動について― 1巻 レビュー：知の探求が生む情熱と危険を描く

作品概要

タイトル： チ。―地球の運動について― 1巻
作者： 魚豊
出版社： 小学館（ビッグコミックス）
発売日： 2020年12月
巻数： 第1巻（全8巻）

あらすじ

15世紀のヨーロッパ。天動説が絶対的真理とされ、異端思想は火あぶりで処せられる時代。神童と呼ばれる少年ラファウは、飛び級で大学進学が決まり、当然のように神学を専攻する予定でした。しかし、ある日現れた謎の男が研究していたのは、当時最も危険な異端思想「地動説」だったのです。

見どころ

タウマゼインという哲学的概念の導入

本作の核となる「タウマゼイン」という概念が印象的に描かれています。古代ギリシャ哲学で「驚き・感嘆」を意味するこの言葉は、知的探求の原点を表現します。ラファウが初めて地動説の美しさに触れる瞬間は、読者の心を強く揺さぶります。

知識への欲求と生命の危険の対比

ラファウの合理的な思考プロセスが丁寧に描写されており、彼が「世界はチョロい」と考えていた価値観が崩れていく様子が秀逸です。安全な神学の道と、命懸けの真理探求の間で揺れ動く心情が、読者にも強い緊張感を与えます。

冒頭の哲学的問いかけ

「硬貨を捧げれば、パンを得られる。では何を捧げれば、この世の全てを知れるのか？」という冒頭の問いは、作品全体を貫く重要なテーマを提示しています。この問いは最終巻まで読者の心に残り続けることでしょう。

15世紀ヨーロッパの世界観構築

宗教的権威が絶対的だった時代背景が、細部まで丁寧に描かれています。火あぶりの恐怖や、知識人たちが置かれた立場の危うさが、現実感をもって伝わってきます。

作者の特色・技法

魚豊先生の画力は、キャラクターの感情表現において特に光ります。ラファウの知的好奇心が爆発する瞬間の表情や、恐怖に震える場面での繊細な心理描写が見事です。コマ割りも効果的で、重要な哲学的概念を読者に印象付ける演出が巧みに施されています。

ジャンルとしての評価

歴史漫画としては異色の作品で、科学史と人間ドラマを高次元で融合させています。単なる歴史の再現ではなく、知的探求の本質を問う哲学的な深さを持っており、このジャンルの新たな可能性を示した記念すべき第1巻です。

総合評価

★★★★☆ 4/5

第1巻としては完璧な導入部です。主人公の価値観の変化、作品世界の魅力、そして今後の展開への期待感を見事に演出しています。特に「知」への渇望が生む人間の情熱と狂気を、これほど説得力をもって描いた作品は稀有です。読み終えた瞬間、続きが気になって仕方なくなる構成力の高さも評価に値します。

こんな人におすすめ

• 歴史や科学史に興味がある読者
• 哲学的なテーマを扱った深い物語を求める方
• 人間の知的好奇心の本質について考えたい方
• 骨太な青年漫画を探している読者